やまぶどう樹皮採取シーズン到来!

こんにちは。
こちら東京では、梅雨らしい天気が続くようになりました。

蒸し暑く、何かと過ごしにくい時期のはじまりですが、樹皮を
素材とするかごの作り手さんたちにとっては、本格的な材料採取
のシーズン! 特に、ヤマブドウの樹皮がきれいにはがれるのは、
木々がぐんぐんと水を吸い上げるこの梅雨時期だけです。

先日は、日頃お世話になっている作り手さんとともに、ヤマブドウ
樹皮を採取するため、新潟の山に行ってきました。

当日、向かったのは標高1000メートルほどの山。
この周辺では、この時期「ブユ」が多く発生すると聞いていたので、
かつて何十か所も刺されたことのある僕は、恐れおののいていたのですが、
首元には手拭いを巻き、顔はほっかむりをするなど備えていたことと、
気温が15度ほどと低かったこともあって、ほとんど刺されずにすみました。

でも当日は、山に入るなりスズメバチの威嚇を受けたり、マムシやクマも
多く生息している場所らしいので、たくさんの危険が潜んでいることを
あらためて実感したのでした。

明るい「キミドリ色」の葉っぱがヤマブドウ。
その下に目を凝らすと、蔓が下がっているのがわかります。

まずは、ヤマブドウの蔓を探し山を歩いていく訳ですが、ほとんどの場合、
幹や枝に絡みあって成長しているものばかり。節やねじれが多くあるため、
かごの材料に適しているものは、なかなかみつかりません。

しっかりと成長して、太さがあるもの、まっすぐ伸びているものは、
数十本に数本程度しかありませんでした。

 

今回、蔓を採取するために活躍したのは、先端に鎌を取り付けた長い竹竿。
(つい数年前までは、一番高いところまで木に登って採っていたんだそう!)
6メートル近い竿を持ち上げ、手を伸ばせば8メートルの高さの蔓に
手が届くようになります。

ヘルメットは必須アイテム。
 切った蔓が自分に向かって落ちてこないよう
角度も計算に入れておかないといけません。
 

しかし、ゆらゆら揺れる竿先の操作はとてもたいへん!

 
蔓を一度で切断するためには、鎌の刃の微妙な角度調整が必要です。
失敗して何度かやり直すだけで大粒の汗が落ち、体力が消耗します。
 

採取した蔓は、節間や枝ごと、ねじれがあるところなどを分けて
切断していきます。

この時期、水をたくさん吸っている蔓からは、すぐに水がしたたり
おちてきます。先人たちは山で水に困ったとき、ブドウ蔓や白樺を
利用するといった話を何度か聞いたことがありました。
(すこし舐めてみましたが、無味無臭でした。)

続いて、すぐに樹皮を剥がします。まっすぐ伸びた蔓はきれいに
剥がれますが、節やこぶが多い個所、水分が循環していない箇所は、
なかなかうまく剥がれてくれませんでした。

今回は約3時間で、3本の蔓を採取することができました。
とはいっても、この日のために、事前に下調べをしてもらっていたそうで、
車からもさほど離れず、一番いい場所を案内してくれたのでした。

これまで、蔓採取の条件のひとつとして、適度に人の手が入った杉や
松林がよいと聞いてはいましたが、今回その理由がよくわかりました。

杉は、高くまっすぐに伸びるのに加え、人の手で下草が刈られ、
枝打ちもおこなれているので、杉に巻き付いたヤマブドウも一緒に
上へ上へとまっすぐに成長し、くせのないきれいな樹皮が採れます。

これに対し、鬱蒼とした手つかずの山や広葉樹の森の場合だと、
蔓はいろいろな場所に絡みながら、曲がったり枝分かれしながら
伸びていきます。本来のヤマブドウは、こうしたワイルドな見た目の
曲がりくねった植物であるわけですが、まっすぐなものが好まれる
市場向きとはいえません。

近年、ヤマブドウが採りにくくなってきていることは、いたるところで
耳にしますが、決して山に生育していない訳ではないと思います。

人の暮らしが山から離れてしまったことにより、山に入りにくくなって
いることや、木材としての杉の価値の低下から人の手が加わっていない
山林が増えたこと、地域によってはかごの作り手など蔓を採る人が
増えすぎている現状も、大きく影響しているのではないかと感じました。

今回僕を連れていってくれた方にそのような話をしてみたところ、
自分も同じように感じている、とおっしゃっていました。

その方は、子供のころから、林業に携わるお父さんに連れられ、山が
いつも身近な遊び場だったそう。大人になってからは、本格的な登山や
山スキーを楽しんだりと、僕自身の自然や山との向き合い方に重なる点も
多く、共感する部分をたくさん感じられた貴重な機会でもありました。

 

そして、何度か話してくれた言葉が、とても印象に残りました。

ヤマブドウの蔓が大きく成長するには何十年という時間がかかり、
一度採取してしまうと、自分が生きている間に再生することはない。
その蔓のいのちをいただくわけなので、とにかく丈夫につくること、
できるだけきれいに籠に仕上げることを、いつも意識するようにしている。
そうすることで、採られなければ山で生きたであろう時間と同じくらい、
長く愛用してもらえる可能性があるから。

 

その夜は、自力で建てたという山小屋に宿泊させていただきました。
お酒を飲みながらおこしてくれたくれた焚火には、山からわざわざ
降ろしてきたヤマブドウやクルミの木をくべていて、すべて無駄なく
使い切ることを実践されていることを知りました。

この採取した材料を使ったかごが完成するのは、おそらく秋以降。
今回、山で一緒に過ごした経験を通じて、この方のかごを紹介
できることを、より一層うれしく思うようになったのでした。

伊藤征一郎

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